宅配便は、今では当たり前のように利用されています。
ネット通販で商品を注文すれば、自宅まで荷物が届く。
洋服、食品、本、家電、日用品……。
今では「家まで荷物が届く」ということに、あまり疑問を持つ人はいないと思います。
しかし、現在のような宅配便の仕組みができるまでには、長い歴史がありました。
私は2007年頃から宅配の仕事を始めました。
それ以前は、もちろん宅配ドライバーではなく、普通に宅配便を利用する側でした。
今回は、そんな私自身の記憶も交えながら、日本の宅配便がどのように始まり、現在の形へ発展していったのかを振り返ってみたいと思います。
私が初めて宅配便を意識した記憶
私が宅配便を利用する側として印象に残っているのは、小学生の頃です。
おそらく1996~1997年頃だったと思います。
当時、母と一緒にカタログ通販で洋服を選んで買うことがありました。
そして、その通販で買った服を着て小学校へ行く。
すると、毎回のように担任の女の先生から、
「カッコいいね!」
と褒めてもらえたんです。
子供だった私は、服を買ってもらえたことも嬉しかったですが、それ以上に先生から褒められるのが嬉しかった。
今思えば、その洋服も宅配便で家まで届けられていたんですよね。
当時はそんなことを深く考えていませんでした。
「通販で服を買えば、家に届く」
それが当たり前だと思っていました。
そしてもう一つ、当時の宅配便で印象に残っていることがあります。
家に荷物を届けに来る宅配便のおじさんたちが、みんな穏やかで感じの良い人だったことです。
もちろん、子供だった私から見た印象なので、実際のところは分かりません。
でも、
「宅配便のおじさんって、優しい人が多いな」
という記憶は今でも残っています。
まさか自分が、その何年後かに宅配ドライバーになるとは、この頃は全く思っていませんでした。
日本の宅配便は1976年に始まった
現在のような宅配便の原型が始まったのは、1976年です。
ヤマト運輸の前身である大和運輸が、1976年1月20日に関東一円を対象として「宅急便」を開始しました。
電話1本で自宅まで集荷に来てもらい、翌日に届けるというサービスでした。
当初は、
- 3辺合計1m以内
- 重さ10kgまで
- 1個500円
- 翌日配達
- 簡単な包装でもOK
という、当時としては画期的なサービスでした。
現在では「家まで集荷に来て、翌日に届ける」という仕組みは珍しくありません。
しかし、当時はそれが当たり前ではありませんでした。
ヤマト側の資料によれば、宅急便誕生の背景には、個人が小さな荷物を送りたいときに、もっと便利なサービスが必要だという考えがありました。
つまり、
「大きな荷物を企業間で運ぶ物流」ではなく、「一般家庭の小さな荷物を運ぶ」
という市場を本格的に作ったわけです。
宅急便の登場で「家から家へ」が便利になった
1976年に始まった宅急便は、その後急速に利用者を増やしていきました。
ヤマトの宅急便取扱個数を見ると、
1976年度:約170万個
1977年度:約540万個
1978年度:約1,087万個
1979年度:約2,226万個
1983年度:約1億924万個
と、わずか数年で急激に増えています。
そして、この市場に他社も参入してきます。
1977年には日本通運が「ペリカンBOX簡単便」で参入し、後の「ペリカン便」につながっていきました。
物流博物館の資料によると、ペリカン便は1977年に参入し、1981年に「ペリカン便」という名称になっています。
西濃運輸も「ふるさと宅急便」で参入しました。
ここから宅配便業界の競争が激しくなっていきます。
「動物戦争」と呼ばれた宅配便の競争
宅配便の歴史を調べていて、個人的に面白いと思ったのが、
「動物戦争」
という言葉です。
1980年代になると、宅配便市場に多くの運送会社が参入しました。
1982年の運輸省の調査では、全国の路線事業者350社のうち113社が宅配便事業を手がけていたとされています。
さらに、当時の大手宅配業者の多くが、動物をシンボルマークにしていました。
そのため、業者が次々と参入して激しい競争を繰り広げた状況が、
「動物戦争」
と呼ばれるようになったそうです。
今の感覚で考えると、
「宅配会社って、そんなにたくさんあったの?」
と思いますよね。
実際、現在よく知られている宅配会社だけを見ていると、この時代の競争の激しさはなかなか想像できません。
ちなみに、「宅急便」はヤマト運輸の登録商標だったため、この頃から業界全体を表す言葉として**「宅配便」**という呼び方が使われるようになったとされています。
宅配便はどんどん便利になっていった
宅配便が普及していった理由は、単純に「荷物を運んでくれるようになった」だけではありません。
利用者の要望に合わせて、サービスそのものがどんどん進化していきました。
例えば、
1983年
- スキー宅急便
1984年
- ゴルフ宅急便
1985年
- 在宅時配達制度
1988年
- クール宅急便
- 夜間お届けサービス
などが登場しています。
そして1990年代に入ると、さらにサービスが細かくなっていきます。
1992年には宅急便タイムサービスが開始。
1996年末からは年末年始も営業する365日体制が始まりました。
さらに1998年には、現在の時間帯指定につながる「時間帯お届けサービス」が始まっています。
私が小学生だった1990年代後半には、宅配便はすでに身近な存在だった
こうして歴史を調べてみると、私が小学生だった1996~1997年頃には、宅配便はすでにかなり大きな産業になっていたことが分かります。
ヤマトの宅急便だけでも、
1995年度:約6億4,655万個
1996年度:約7億387万個
1997年度:約7億4,947万個
まで取扱個数が増えていました。
私の家でもカタログ通販で洋服を買い、それが宅配便で届いていました。
そして私は、その服を着て学校へ行き、
「カッコいいね!」
と先生に褒められていた。
当時はただ嬉しかっただけですが、今になって考えると、
その服を家まで運んでくれた宅配ドライバーがいたわけです。
そして当時の私は、まさか自分自身が後に宅配ドライバーになるとは思ってもいませんでした。
そして2000年代、宅配便に大きな変化が起こる
1990年代までの宅配便は、カタログ通販や贈答品、個人間の荷物など、さまざまな用途で利用されていました。
しかし2000年代に入ると、宅配便を大きく変える存在が登場します。
それが、
インターネット通販です。
2000年代になると、インターネットで商品を注文して、自宅まで届けてもらうという買い物が急速に身近になっていきます。
そして私自身も、2007年頃から宅配の仕事を始めることになります。
つまり私の場合、
小学生の頃は宅配便を利用する側。
↓
2007年頃から宅配便を届ける側。
という人生になりました。
ここから先は、私自身が実際に宅配の現場で経験してきた時代と、宅配業界の変化が重なってきます。
まとめ|宅配便は「便利なサービス」から巨大な社会インフラへ
現在では、ネットで商品を注文すれば翌日、場合によっては当日に荷物が届くことも珍しくありません。
しかし、その背景には、
- 1976年の宅急便誕生
- 他社の参入
- 1980年代の「動物戦争」
- 全国ネットワークの拡大
- クール便や時間指定などのサービス拡充
- 1990年代の宅配便利用者の増加
といった長い歴史があります。
そして私自身も、小学生の頃には宅配便を利用する側として、その恩恵を受けていました。
当時、家に荷物を届けに来てくれた宅配ドライバーの方々は、私の記憶ではみんな穏やかで感じの良い人たちでした。
その後、私は宅配ドライバーになりました。
まさか小学生の頃に荷物を届けてもらっていた自分が、何年後かには荷物を届ける側になるとは思いませんでした。
宅配便の歴史を調べていると、自分自身の人生まで少し重なって見えてきます。
次回は、宅配便がさらに便利になっていった1990年代から、インターネット通販、そしてAmazonの登場によって宅配業界がどう変わっていったのかを振り返ります。


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